お役立ちコラム

キニナル・コトバ 第18回「生存バイアス」

 「生存バイアス」または「生存者バイアス」。この言葉、最近ときどき耳にしますね。「××に合格する人は、皆こういう勉強法をしている!」とかいう宣伝文句に、「ああ、これは『生存バイアス』だから、真に受けない方がいいよ」などという使い方をします。  
 いったい、生存バイアスとはどんな意味なのでしょうか。

■「生存バイアス」とは「選択バイアス」の一種

 最初に「バイアス」という言葉から考えていきましょう。「バイアス」は、英語で「bias」。日本語では「偏り」とか「傾き」「先入観」「偏見」という意味になります。
 では、「選択バイアス」とはどういう意味なのでしょうか。
 選択バイアス(選択的バイアス)というのは、実験や研究を行う時に、実験の対象に偏りのある集団を選んでしまい、実情が正確に反映せず、その実験が不確かなものになってしまうことをいいます。
 たとえば、市民の調査を行って、病気や健康の度合いを測りたいとしましょう。
 この場合、市民から応募者を募ると、健康に自信がある人とか、市民活動には積極的に参加したい人ばかりが集まってくる可能性があります。
 したがって、市内の病気や精神的な健康さなどの正確な調査をしたいのに、結果では妙に健康で、精神的にも活発、という結果が出てしまった。これでは、実情を反映しているとはいえません。
 また、学力調査をやってみると、勉強ができる子ばかり試験を受けに来た。結果として、市内の子どもの学力は非常に高いという結果が出たが、それは本当ではありません。
 こういうものが選択バイアスです。

■「生存バイアス」とは
 
 「生存バイアス」も、こうした「選択バイアス」の一種です。
 生存バイアスは、統計や心理学などの用語です。成功したり生き残った人やもの、団体だけを研究・評価して、脱落・淘汰された側の人やものなどを除外したため、結果に偏りが出ることを言います。
 有名な例としては、古典的ですが、アメリカの統計学者E・ウォールドが、第二次大戦中に爆撃機への敵の攻撃に対して、損害を最小限に抑えた時の話があります。
 アメリカ軍では、帰還した爆撃機について、敵の銃弾を受けた箇所を調べました。そして、多く銃弾を受けた箇所の装甲を厚くしようとしました。
 ところが、ウォールドは「生存バイアス」を検討し、まったく逆に「敵の銃弾を受けていない箇所」の装甲を厚くしようと提案しました。
 帰還した爆撃機は「生き残ったもの」であって、急所に銃弾を受けなかったから傷だらけでも生還したわけです。
 銃弾を受けた箇所は、実は、損傷しても帰還できる安全なポイントでした。敵の銃弾を受けなかった箇所こそ「急所」であって、そこに銃弾を受けた爆撃機は撃墜されたと考えたのでした。  
 ウォードは、統計分析者が陥りがちな間違いを回避し、画期的な成果を挙げたのです。
 もちろん、この結論に至るまでには、「銃撃された箇所よりされなかった箇所の方が危険に見えるのに装甲を厚くするのは変なのではないか」などという、基礎的な分析も多数あったでしょう。
 また、「×大に入学した人の勉強法」というのも、かなり怪しく、あいまいな部分を含んでいます。×大を落ちた多数の人も同じ勉強法をしていたけど、たまたまその人が受かった可能性もあるからです。こうした「生き残った者」だけを考え、「淘汰された者」を(知らずに)除外してしまう間違いが「生存バイアス」なのです。

 現在でも、「成功した人に共通するこれこれの習慣!」という本や記事などが多くあります。しかし、こうした内容も多くの生存バイアスを含んでいないかチェックすることは必要です。
 成功した人はたまたま成果を挙げただけで、同じことをやっていて失敗した人が膨大な数いるかもしれないからです。
 ちょっと前には、「努力すれば必ず夢は叶う」というようなチャレンジを描くテレビ番組も作られました。しかし、徐々に現実とは異なることが一般に認知され、ブームは過ぎました。

■「生存バイアス」を常に頭に置きながらチャレンジを続けよう

 ビジネスやスポーツ、俳優やミュージシャンなど、競争が激しい業界での成功者の体験は非常に参考にはなります。しかし、そこには偶然の幸運があったり、素質があったり、本人を取り巻く人々や環境の良さがあったりと、さまざまな要素がからんできます。
 だから、今の我々は「努力すれば、必ず夢は叶う! 目標は達成できる!」などと無責任なことは言えません。
 その一方で、あまりにも生存バイアスの考えに寄りすぎてしまうと、「それはたまたま運が良かったんでしょ」とか「一握りの成功者の陰には、無数の失敗者がいる」と、無力感や諦めが先行してしまいます。
 やはり、成功者の習慣や努力にも、参考になる部分は多くあるのです。
 「生存バイアス」を常に頭に置きながら、成功者たちの有効なアドバイスを身につけて、自分自身を伸ばしていく。
 現代の我々は、より賢く検討を重ねつつ、生きていくことが重要なのかもしれません。