お役立ちコラム

キニナル・コトバ 第20回「蛙化現象」

「蛙化(かえるか)現象」。最近よく聞きますよね、この言葉。Z世代(1995年頃から2010年代に生まれた世代)の女性、特に中高生の間で流行っているようです。「もうそんなこと知っているよ」と思っているかもしれませんが、今回は、この言葉を取り上げてみたいと思います。

■「あたしみたいな女の子 スキになんかならない カッコイイ男の子」

「あたしがほしーのは彼氏なの……。 あたしみたいな女の子 スキになんかならない カッコイイ男の子」。
 これは、ある女性マンガの主人公が、初回のラストシーンで思う一言です。このマンガは、恋愛中毒とも思える女性が、手当たり次第に恋をして、騒動を巻き起こすラブコメです。その一方で、真面目に思いを寄せてくれる男には見向きもしません。恋も行き当たりばったりで、そのハチャメチャさと、踏まれても蹴られても追って来る一途な男性とのギャップが笑いどころです。
 ところが、このマンガでは、最後の最後で先の、ギョッとさせるような一言が発せられます。
「あたしがほしーのは、あたしみたいな女の子 スキになんかならない カッコイイ男の子」。
 この女性は、自分のことを「あたしみたいな女の子」と、ひどく自己卑下していることが分かるのです。
 無茶苦茶に見えて、ちゃんと自分のことを冷静に見ているじゃないか。
 と思い、ハチャメチャな中に潜む、「ナイーブでひどく傷ついた内面」に、驚かされるのです。
この最後の一言が、この作品を名作にしています。
 このマンガは、安野モヨコさんの『ハッピー・マニア』(祥伝社)。大ヒットして、ドラマにもなりました。
 今回のテーマは「蛙化現象」ですが、この言葉の意味を聞いて、最初に思い出したのは、このマンガです。
 
■「蛙化現象」とは

 蛙化現象とは、誰かに恋愛をして、その恋が成就して両想いになったとたん、醒めてしまい、恋愛感情がなくなるという心理のことを言うそうです。
 もともと、蛙化現象という言葉は、心理学者の藤澤伸介・跡見学園女子大学教授が2004年に発表された論文「女子が恋愛過程で遭遇する蛙化現象」が元になっており、以下のような意味です。
「男性に対し片思いをしている女性が、実はその男性も自分を好きだとわかると男性に対して生理的な嫌悪感を覚えること」。

 この蛙は、グリム童話の『カエルの王子様』から来ています。ある日お城の王女様が、池に毬を落とすのですが、それを持ってきてくれたのが一匹の蛙でした。蛙に感謝した王女様は、王様の勧めもあって、蛙と夕食をともにします。しかし、蛙は寝室にまで来ようとしましたので、王女が拒絶すると、寂しそうに帰ろうとします。不憫に思った王女様が蛙にキスすると、汚らしい蛙は見る見る大きくなり、美しい王子に変わったのでした。
 実は蛙は、悪い魔法使いによって姿を変えられていた、外国の王子様だったのです。二人は結婚して幸せに暮らす、というストーリーです。
 ここでは、みにくい蛙が、王女様とのキスで美しい王子に姿を変えます。
 昔話によくあるパターンで、恋が成就したとたんに、平凡だと思っていたものが、夢のように美しいものに姿を変えたわけです。王子様願望が、現実になった、とでもいいましょうか。
 ところが、蛙化現象はこの逆をいきます。王子様と恋こがれていた人が、振り向いてくれたとたんに、「つまらない蛙」に姿を変えてしまうのです。恋は醒め、相手に興味を失ってしまう。これからが恋愛の本当のスタートだというのに。

■心理学用語の「蛙化現象」と現代の「蛙化」

 ここまで聞いた時、「あれ?」っと思う人も多いかもしれません。  
 そんなの、昔からあったぞ。恋愛をハンティング(狩猟)のように考える。
 そして獲物(異性)をゲットしたら、獲得欲が満たされて、興味をなくしてしまう。
 そんな人間だってたくさんいました。
 昔からある現象なんじゃないでしょうか。
 でも、最近の「蛙化現象」は少し違うようです。
 現在では少し意味が広くなっており、「恋愛関係のある相手に対して、理不尽な(多くはささいな理由で)急速に醒めてしまうこと」となっています。
 そもそも、いったいどこからこんなレアな心理学用語を持ってきたのか、と思えますが。

 現在では「私、あなたのこと、蛙化しちゃった」などと言い、突然別れを告げたりして、関係を終わらせるなどの使い方がなされるそうです。
 また、狩猟本能と少し違う点は、自分が「蛙化を感じたこと」に対して自己嫌悪に陥る人もいることなどです。
狩人は達成感を感じても自己嫌悪は少ないでしょうから。
 心理的な分析はいくつかありますが、「蛙化現象が起きやすい人」として、
●恋愛経験が少ない 
●自己肯定感が低い 
●相手に対しての理想が高い
 などの面があるようです。理想が高いので、ちょっとした相手のしぐさに醒めてしまう、ということはありそうです。でもはたして蛙化の本質はそこでしょうか。

 ここで、再登場してくるのが、マンガ「ハッピー・マニア」の一言です。
 自分が恋しているのは、ステキな異性です。
→でもステキな異性は、自分なんていうツマラナイ人間は好きになるはずがない。
→よって、自分を好きになるのは王子様じゃない。ツマラナイ蛙なんだ。
→私は、自分なんて好きにならない、ステキな王子様を追い続ける。  
 という逆説的なロジックが、そこには見え隠れします。

■完璧な王子様は、どこにいるのか?

 自己肯定感の低さと、一方での理想主義。
 それから、一点の汚れも嫌悪する潔癖さ。
 それは、両性を問わず、「推しの沼」に埋もれる現代人に共通していそうです。
 韓流ブームが最初に燃え上がった時にも感じたのですが、そこには「完璧な王子様」への憧れがあるようです。
 日本にもアイドルは多くいますが、同じ日本人ということで、どこかで地続きになってしまい、「現実が見えてしまう」つまらなさがある。
 韓流は、同じアジア人のアイドルながら、別の言葉を話す「異世界の王子様」です。
 そこに一つの障壁があり、「自分には手が届かない人」という完璧性が生まれるのです。
 そうした「完璧さ」を失うことが、魔法が解ける「蛙化」の原因なのではないでしょうか。

 まあ、相手に幻滅してからが、愛の始まりともいいます。
 理想の恋にいい加減慣れて、いびつな蛙化から卒業してからが、本当の「愛」なのかも。
 それとも、それも幻想なのかも。
 理想とは、罪深いものですね。