お役立ちコラム

キニナル・コトバ 第24回「ブルシット・ジョブ」

「ブルシット」。これまた汚い言葉が出てきました。英語のBullshitは、有名なスラングで、「ふざけんな!」とか「あほらしい」「バカバカしい」というような意味です。元の言葉で「Bull」は雄牛、「Shit」は糞(ふん)。あんまり聞きたくない言葉ですよね。
 こんな言葉と「ジョブ(仕事)」が組み合わさったら。「クソどうでもいい仕事」という意味だそうです。最近、こういう仕事が先進諸国では増えて増えてどうしようもないんだとか。どういう意味なのか見てみましょう。

■シット・ジョブとブルシット・ジョブ

「ブルシット・ジョブ」とは、アメリカの人類学者・デヴィッド・グレーバーが2018年に書いた本『Bullshit Jobs』で有名になった言葉です。日本では2020年に『ブルシット・ジョブ--クソどうでもいい仕事の理論』(酒井隆史、芳賀達彦、森田和樹訳、岩波書店刊、4,070円(税込))として邦訳され、大きな話題を呼びました。その後、講談社現代新書から、この本の翻訳にあたった酒井隆史大阪府立大教授が『ブルシット・ジョブの謎 クソどうでもいい仕事はなぜ増えるか?』を出して、ブルシット・ジョブのことを分かりやすく紹介しています。

 その本の中で「ブルシット・ジョブ」とは、
「被雇用者本人でさえ、その存在を正当化しがたいほど、完璧に無意味で、不必要で、有害でもある有償の雇用の形態である。とはいえ、その雇用条件の一環として、本人は、そうではないと取り繕わなければならないように感じている。」
と定義されています。
 要するに、無意味な仕事で、それを本人も分かっているけど、自分の仕事だから「役に立つんだ」と思い込んでいるようなもののことです。

 1930年代に経済学者のケインズは「将来は自動化や機械化によって生産性が飛躍的に向上し、人々は週15時間の労働で十分になる」と予言しました。
 しかし、現実にはそうにならず、我々は日々の仕事にますます追われ、忙しさは増しています。
 グレーバーは、それを無意味な仕事「ブルシット・ジョブ」が増えたせいだとするのです。(グレーバーが計算してみると、実際に役に立つ仕事は、週15時間程度なのだとか。)
 確かに現代になって、生産性は向上した。また、昔は「仕事」というのは卑しいものだった。しかし時代が新しくなるにつれ「仕事は美徳だ」という考えが支配的になってくる。
 その「仕事は美徳だ」という考え方が、「忙しいこと自体が美徳」であるようになってしまった。効率が上がっているので、時間の余裕は増えていく。でも、そこでどうなったかというと、社会は「ブルシット・ジョブ」で空いた時間を埋めるようになったのです。

 「ブルシット・ジョブ」に対する言葉には、「シット・ジョブ」があります。シット・ジョブは「きつい仕事」です。ただし、シット・ジョブがブルシット・ジョブと違うところは、「きついが無意味ではない」という点です。
 シット・ジョブは、たとえば建築労働や掃除作業などのように、重労働で低賃金な仕事のことをいいます。こういう仕事は大変ですが、社会の役に立っており、無意味ではありません。ブルシット・ジョブとは違います。

 ブルシット・ジョブとは「意味がなく、有害でもあるような仕事」で、働く人でさえ、そう感じている仕事です。
 後で紹介する例をあげれば、社内報のジャーナリストだとか、偉い人のためにドアを開閉するドアマンだとか。誰かが管理職になったので偉そうに見せるために雇われた部下だとか。
 ポイントは、本当にそれが必要ないのに、案外高収入で雇われている、という点です。
 ここまで書いてきて、私もちょっと不安になってきました。自分の仕事がブルシット・ジョブでないかどうか、心配になってきたのです。

■ブルシット・ジョブの5つのタイプ

 グレーバーは、ブルシット・ジョブを5つのタイプに分けています。
(1)取り巻き(flunkies):誰かを偉そうに見せるために存在している仕事です。ホテルの受付係や、お客様のためにドアを開けるだけのドアマン、前に述べた管理職になったから部下をつけようと雇われた人など。
(2)脅し屋(goons):雇い主のために他人を威圧したり欺いたりする仕事。ぎょっとするようなイメージですが、暴力的な意味だけでなく、広い意味での威圧を含みます。たとえば顧問弁護士などもそうですね。あとは広報係、ロビイストなど。
(3)尻ぬぐい(duct tapers):バグだらけの出来の悪いコードを渡されて、それを延々直す仕事を与えられたプログラマーや、電車の遅れや飛行機のトラブルがあった時、怒り出した顧客を落ち着かせるために雇われているスタッフ。
(4)書類穴埋め人(box ticker):組織がやっていないことを、やっているように見せるため存在する仕事。たとえば、アメリカだと自分の会社の製品がテロ国家へ渡っていないか調査して証明する書類を作らなければなりませんが、そういう仕事をする調査担当者など。そんな調査書類、完璧に作れるわけがないからいい加減に作っている、というわけです。他に企業コンプライアンス担当者や、社内報を作る人など。
(5)タスクマスター(taskmasters):他人に仕事を割り当てるだけの仕事。中間管理職や取次、仲介業者。

 なかなか耳の痛いところです。
 確かにこう見ると、社会の仕事の多くは、ブルシット・ジョブである気がします。
 この5つのタイプにズバリ当てはまっていなくても、自分の仕事の一部はブルシット・ジョブ的だと考える人もいるかもしれません。

■ブルシット・ジョブが生まれる背景

 こうしたブルシット・ジョブが生まれやすい背景には、「必要だが、ある短い時間だけ働けばいい仕事がある。それ以外の時間は余るので、休ませていくわけにもいかないから無意味な仕事を与えて時間を埋める」という面もあるようです。極端な例ですが、教会の鐘をつく人は、毎日定時しか仕事がないから、空いた時間に何か別の仕事をさせるといったことです。
 どんな仕事にも、忙しくて必要とされる時とそうではない時がある。そうではない時間を埋めるためにブルシット・ジョブは生まれやすいとしています。
 グレーバー自身の経験では、バイトの時に仕事の効率化を図ったら、暇な時間が増えた。雇い主に喜ばれると思っていたら、感謝されずに「怠けているんじゃない」と怒られたとか。なかなか、仕事と効率化というのは難しいですね。

 グレーバーによると、自分の仕事がブルシット・ジョブであると自覚し、それでも働き続けると、人は病みやすくなるそうです。そうした人の多くは、給料が高くても職をやめ、(他人から「なぜあんな良い仕事を」と、不思議がられながらも)より自分で時間を管理しやすい自営業などで再出発するといいます。自分で時間を決めて働くので、時間を浪費するブルシット・ジョブから逃れられるのだと。
 
 特に日本は昔から「無駄な会議が多い」とか、「必要のない書類ばかり作っている」「本当に有意義な仕事は少ない」と他の国から批判されてきました。欧米に比べて労働時間が多いのに賃金は安い、とも指摘されています。
 これを直していこう、というのが今の日本の課題です。
 欧米人は日本に比べ、労働時間は少ないのに生産性は高い。日本でも非生産的な仕事を減らして、効率を上げていこう。そういう点で試行錯誤を行っているのが今の日本でしょう。
 それこそ「ブルシット・ジョブ」を減らそう、というのが目的です。

■本当に一番望ましいのは

 ただ、「ブルシット・ジョブ」関連の書籍を読んで感じるのは。
 現代の仕事には確かにブルシット・ジョブは多いけれど、そこまで無駄な仕事ばかりだろうかという疑問です。
 現代の仕事は、確かに自ら手を汚すシット・ジョブより、ホワイトカラー的な書類仕事が増えています。データをやりとりするような作業は「仕事への実感」を伴いにくく、「やりがい」という点ではもうひとつかもしれません。実際に自分で美味しい作物を作るわけではなく、病人の治療や高齢者の介護をするわけでもない。直接、「人の役にたっている」との実感は得にくいのです。
 一方で、ドアマンには意味がないかといわれると、そうではないように思えます。CI(コーポレート・アイデンティティ)などにも代表されますが、専用のドアマンがいるような企業は、やはり豊かなんだな、というイメージを持たれやすいからです。
 その「イメージ」という虚像を一生懸命作り続けているのが、今の現代社会かもしれません。
 虚像も行き過ぎると、ブルシット・ジョブに堕ちこみますが、ある程度のイメージ戦略も必要。
 難しいところではありますね。

 本当に、一番望ましいのは、シット・ジョブとされた、低賃金でも人の役に立つ仕事が、重要度に合わせて、高賃金になっていくことです。今、介護などの重要な仕事で、賃金の改善が図られようとしていますが、それが本当の理想です。
 さてさて、このコラムは、仕事の一環として書いていますが、ブルシット・ジョブなのでしょうか。それとも、企業イメージのアップに少しは貢献している有効な仕事なのでしょうか。後者であればいいですね。では、本日はこのへんで。