お役立ちコラム

キニナル・コトバ 第21回「割れ窓理論」は今でも正しいか

 「割れ窓理論」。どこかで聞いたような…。って感じの言葉ですよね。犯罪学のコトバで、40年以上の歴史を持つ言葉ですが、一時期盛んに使われ、その後、行き過ぎた点も指摘されています。最近でも、割れ窓理論を彷彿とさせる問題は起きているようです。たとえばSNSとか、街のゴミ箱なども。 いったい、どんな意味の言葉なんでしょうか。

■1つの小さな犯罪を放置すると、街が荒れてくる

 「割れ窓理論」(Broken Window Theory)というのは、1982年にアメリカの犯罪学者、ジョージ・ケリングが発表した論文の中で使われた言葉です。
 どんな理論かというと、小さな犯罪を放置しておくと、大きな凶悪犯罪の増加に繋がる。また、小さな犯罪でも見逃さず取り締まることで、犯罪の防止に繋がり、地域の安全を確保できる、という考え方です。
 「割れ窓」という言葉を使う理由はこうです。
(1)ある建物の窓が一つだけ割れていて、それを長い間放置しているとする。するとそれは、「この地域の安全には誰も関心がないな」という印象を与え、犯罪が起きやすい、荒れた雰囲気や環境を作り出す。
(2)荒れた雰囲気が出てくると、住民のモラルが低下してきて、その土地の安全や振興に協力しなくなる。さらに環境が悪化し、軽犯罪がひんぱんに起きるようになる。
(3)それが重なるうち、治安が本格的に悪化してきて、凶悪犯罪が多発するようになる。荒れた地域になってしまう。
 こういう悪循環が積み重なる、ということです。

 ここで治安を回復させるには、以下の方法が有効であるとされます。
 ほぼ無害であったり、小さな軽い違反行為でもしっかり取り締まる。また、警察官によるパトロールをひんぱんに行ったり、交通違反の取り締まりを強化する。
さらに、地域の住民に協力してもらって、落書きなどを消したり、住民同士で注意し合ったりして、安全な範囲で秩序を守る活動をする。
 要するに、小さな割れ窓でも見逃さず、修繕したり保護することが、治安の維持に役立つというのです。

 まあ、理屈はよく分かりますね。ゴミが放置され、落書きが多い地域とかだと、ちょっとゴミを捨てても怒られないかな、みたいな気になってもおかしくないですからね。
 この「割れ窓理論」の実践例として有名なのは、1994年にニューヨーク市の市長に就任したルドルフ・ジュリアーニが、顧問にケリングを迎えて行った治安回復の方針です。
 この方針では、当時、巨大犯罪都市として有名だったニューヨーク市で、5,000人の警官を新たに雇用し、パトロール体制を強化。落書きや万引き、違法駐車などの軽犯罪を徹底的に取り締まり、交通違反や飲酒運転を厳罰化し、ホームレスの追放などを行ったことです。また、並行して市の中心部であるタイムズスクエアの再開発などを行った結果、犯罪率は大きく減り、治安の回復と市の活況を演出するのに役立ちました。
 この成果で、「割れ窓理論」は有名になり、一時期は日本でも非常にもてはやされました。
 また、アメリカでは教育の面でも「割れ窓理論」の理屈を利用した「ゼロ・トレランス(不寛容)」施策が広がりました。たとえば、学校にナイフを持ってくるなどの危険な行為を犯した学生は処罰し、軽い遅刻や無断欠席でも、ルールを決めて居残りなどをさせる、といった罰則が与えられます。暴力行為には、警察の介入も遠慮なく行われました。
 これは、当時多かった学級崩壊などを防ぐ意味で一定の成果があったようです。

■行き過ぎた「割れ窓理論」と「ゼロ・トレランス」

 一時期、大きな成果を挙げた割れ窓理論でしたが、一方でほころびも現れてきます。警察が行き過ぎた取り締まりを行うことにより、無罪のアフリカ系アメリカ人が誤って射殺され、全米を揺るがす抗議運動に発展しました。
 ニューヨーク州の犯罪率についても、ジュリアーニ市長の就任以前から下がりつつあったとの指摘もあるようです。割れ窓理論自体の効果についても、社会学者などからは疑問の声も出ています。
 また、学校での「ゼロ・トレランス」は、学級崩壊は防げたものの、多くの学校を辞める、ドロップアウトした学生を生んだともいわれます。
 ニューヨーク市の成功で、一躍、時の人となったジュリアーニ市長ですが。その後、ニューヨーク州の上院議員選挙に立候補したものの、不倫が発覚して病気を理由に降板。その後、アメリカ大統領選挙ではドナルド・トランプ候補の支持に回り、当選に一役買います。しかし2期目の選挙でトランプが現・バイデン大統領に敗れた後は、連邦議会議事堂をトランプ支持者に占拠された事件が発生した際、事前の集会で煽るような演説をしたということなどで、弁護士資格を停止されるなどの処罰を受けています。

■「割れ窓理論」は今はどこに

 このように、毀誉褒貶のある割れ窓理論。今はどうかというと、一面の真理を伝えているということで、一定の支持はあるようです。
 たとえば、ゴミ箱。日本では、1995年のオウム真理教のサリン事件以降、テロ対策として街角のゴミ箱撤去が進んだといわれ、今では世界的にもゴミ箱が少ないことで有名になっています。かつては、コンビニの入り口の前に、ゴミ箱があるのが普通の風景でしたが、これも新型コロナへの感染予防で室内に移されたようです。
 新型コロナが五類移行した後も、ゴミ箱は戻りません。そこには、ゴミ箱を一度置けば、ゴミを捨てる人が増えて環境が悪くなる、という「割れ窓理論」の意識が働いているようです。

 「割れ窓理論」は非常に分かりやすい理屈なので、支持もあります。ただし、一つ間違えば、行き過ぎを生みやすい危険性もはらんでいます。
 こういった過激な理屈は、一時的に大きな支持や共感を集めますが、その反証が現れてくるにつれ、揺り戻しが起きるもの。社会現象は、いつも振り子のように極端から逆の極端に揺れつつ、安定した状態に落ち着くのが常であるようです。SNSなどで現れる意見にも、すぐに反対意見が出てきて、振り子のような行きつ戻りつが猛スピードで繰り返されますね。
 何が本当で、何が正しいのか。正しいけど、極端すぎることや、やりすぎはないか。私たちは、それを見極める目を持ち続けることが大切になのでしょう。